当日の司会進行は日本いも類研究会事務局長補佐の橋本が行った。座長をお願いした日本いも類研究会の小巻会長からは、「今回、3年間の研究プロジェクトの成果として最終的なマニュアルを紹介いただく。さらなる研究の必要性があることから、病害分野の英知を活用し令和4年度から新しいプロジェクトも始まるので、さらに優れた結果が出てくるのではないかと思っている。それを期待しつつも、ここで得られた情報をもとに理解を深めていただいて、令和4年度のサツマイモ栽培がうまくいくことを期待している。」との挨拶があった。

(1)講演

サツマイモ基腐病の発生生態と防除対策(令和3年度版)について、研究統括者である小林有紀氏が、令和2年度版マニュアルから改定された内容を中心に説明を行った。なお、サツマイモ基腐病の発生生態と防除対策(令和3年度版)のパンフレットは下記のURLからダウンロード可能である。

https://www.naro.go.jp/publicity_report/publication/pamphlet/tech-pamph/151859.html

令和3年度版マニュアルは、ページ数が増えているため、冒頭に概要ページを作成しており、基腐病を防除するためには複数の対策を総合的に実施する必要があるため、概要ページで全体像を把握し、詳細に知りたい部分については赤字で示したページを確認するという使い方を推奨された。
また、マニュアルでは、「持ち込まない」「増やさない」「残さない」対策が示してあり、未発生地域は「持ち込まない」が最も重要な対策である。初発生地域は基腐病菌を定着させない対策が必要で、病原菌による土壌汚染が進んだ状態からの防除は困難なため、早期発見し、「増やさない」「残さない」の対策が必要である、常発生地域では健全種苗の確保や圃場の病原菌密度を低減させる対策が必要である、との説明があった。以下、説明があったページ毎の内容を列挙する。

・病原菌の形態観察による診断(p.16~p.17)

基腐病と類似した乾腐病を病徴から判別することは難しく、胞子の形態を顕微鏡で観察するか、菌を分離・培養し生育の速さから判別することは可能である。基腐病と類似病害の病徴と形態特徴について表にまとめてある。

・PCR法による診断(p.20)

病変部からDNAを抽出し、基腐病菌・乾腐病菌に特異的なプライマーを使用したリアルタイムPCRによって最短1日で基腐病・乾腐病の診断が可能である。

・健全種苗を確保するための防除対策(p.24)

基腐病が本圃で発生すると、防除に多大な労力が必要となるため、定植苗育成時に徹底的な防除を行い、無病健全苗を生産し、圃場へ病原菌を持ち込まないように注意が必要である。
対策は自家種イモ、購入種イモ、購入苗を用いて育苗する3パターンにわけて解説している。自家種イモの場合、種イモ専用圃場を設置し、一般圃場とは区別して管理することを推奨している。種イモは基腐病未発生圃場から採取するのが原則であるが、常発生地域でやむを得ず発生圃場から採取する場合は異常株の抜き取りや薬剤散布を行い、収穫時には異常株の周辺からは採取しないようにする。自家種イモの連用は病害の蔓延を助長するため、バイオ苗やウイルスフリー苗を導入して定期的に更新する。
種苗は選別と消毒を行い、消毒をした苗床に植付を行う。苗床において基腐病が発生した場合は、採苗の中止が望ましいが、やむを得ず続ける場合は発病株を種イモごと抜き取って処分し、耐性菌の出現リスクが低い銅剤の散布を実施する。黄色でマークしたページに詳細な説明がある。

・本圃における対策の基本方針(p.25)

収穫時に基腐病による腐敗イモがなかった圃場では、基本対策を実施する。腐敗イモの発生が1割未満だった圃場では、交換耕作や品目変更によりかんしょを連作しないことが望ましいが、やむを得ず連作する場合は、青果用なら抵抗性“やや強”の品種を導入し、早植え・早掘りを実施する。原料用は抵抗性“中”以上の品種を導入するか、抵抗性“中”未満の品種を作付けする場合は早植え・早掘りを実施する。
腐敗イモの発生が1割以上だった圃場では、青果用品種の栽培は難しい。原料用は抵抗性“中”以上の品種を導入し、発病状況をみながら早掘りを検討する。
なお、基本対策は抵抗性“中”以上の品種を作付けする場合でも実施する。生育期に発病株が数株確認された場合は、必ず収穫時まで周辺株に異常がないか注意する。収穫時または貯蔵後に、腐敗イモが数個でも確認される場合は、基腐病発生の有無を点検・診断し、次作へ伝搬させないよう厳重に注意する。

・主要品種の基腐病抵抗性程度(p.27~p.32)

用途ごとに品種の基腐病抵抗性程度を示している。当該データは、2021年に、基腐病甚発生圃場で実施した栽培試験の結果であり、抵抗性程度は、前年度同一圃場で実施した栽培試験の結果から定めた指標に基づき評価している。
青果用は「べにまさり」「すずほっくり」がやや強で、「べにはるか」「高系14号」「ベニアズマ」はいずれも弱く、基腐病の発生が激しい圃場での栽培は難しいと考えられる。
焼酎原料用では、「九州200号」が最も強く、9月の収穫であれば外見健全な塊根が9割を占めた。一方、「コガネセンガン」はやや弱で、9月前半の収穫でも被害が激しく、外見健全な塊根は4割程度であった。
でん粉原料用では、「こないしん」「九州200号」「シロユタカ」の順に強いが、「こないしん」であっても、甚発生圃場では11月収穫で外観健全な塊根は3割程度まで減少した。「こなみずき」「ダイチノユメ」「コナホマレ」は弱であり、基腐病発生圃場での栽培は難しいと考えられる。
加工用では、「オキコガネ」、「タマアカネ」、「ベニハヤト」の抵抗性が強く。11月収穫でも外観健全な塊根が8割以上を占めた。
沖縄向け品種は、「宮農7号」が強く、「ちゅら恋紅」は弱かった。

・基腐病多発生地域における防除対策の実践による発生程度軽減事例(p.33)

2020年度に種イモ・苗床・苗の消毒、圃場の排水対策を行ったが、基腐病の発生程度の改善は認められなかった。しかし、2021年度に連作の回避、抵抗性品種の作付け、薬剤の茎葉散布を追加したところ、無・少発生圃場の割合が増加し、中・多発生圃場がなくなる結果となった。

・基腐病多発生地域における対策マニュアルの実践と被害の発生推移(p.34)

マニュアルで示した複数の対策のうち、適切な実施が3割程度の生産者の圃場では、基腐病の発病はあまり減少していないが、8割以上を適切に実施された生産者の圃場では、着実に発病が減少している。

・基腐病多発生地域における品種「こないしん」作付けによる発生程度軽減事例(p.35)

抵抗性が“やや弱”の「コガネセンガン」を作付けした圃場では基腐病の発生が多く、“やや強”の「こないしん」を作付けした圃場では発生が少ないことがわかる。また、「コガネセンガン」を2019年から2021年まで連作した圃場では年々発生が増加しているが、2021年から「こないしん」を作付けした圃場では発生は減少した。

・基腐病多発生地域における夏作の休耕と品種の組み合わせによる発生程度軽減事例(p.36)

「コガネセンガン」を2019年から2021年まで連作した圃場では基腐病が多発生しているが、2年間かんしょの栽培を行わず、2021年に抵抗性“中”以上の品種「こないしん」「シロユタカ」を作付けした圃場では、基腐病は無もしくは少発生となっている。

・圃場の衛生管理(p.37)

苗床が汚染され感染苗が発生すると、すべての圃場に影響が及ぶことから、苗床の対策は極めて重要である。苗床では伏せ込みから長期間にわたって作業が続き、特に採苗開始後は本圃の定植に伴って、繰り返し出入りを行うため、苗床消毒を行っていても再汚染の可能性が極めて高いと考えられる。再汚染のリスク軽減のため、苗床専用の長靴や手袋を用意することを推奨する。また罹病残渣を圃場周辺に放置すると、蔓や塊根から萌芽・発根し感染源となるため、圃場周辺の畔や法面には放置しない。

・温度処理による種イモ消毒(p.42~p.43)

株基部に基腐病の病徴が出ていない種イモを採取し、貯蔵前に流水で水洗・選別し、なり首と尾部の切除を行った後に、蒸熱や温湯を利用して、48℃で40分間処理することで、基腐病の発生リスクを軽減できると考えられる。現場レベルの技術として普及するためには、まだ研究が必要である。

・苗の温度処理による基腐病抑制効果(p.45)

苗も温湯を利用して、48℃で15分間処理することで、基腐病の発生リスクを軽減できると考えられる。ただし、苗の状態や品種によっては処理によりダメージを受ける場合があるので、苗は生育旺盛なものを使用し、品種については事前に予備試験を実施する必要がある。ただし、温湯処理は、つる割病に対しては防除効果が劣るため、つる割病発生の恐れがある場合は、温湯処理後に薬剤処理も実施する必要がある。

・基腐病発生苗床での苗感染リスク(p.46)

基腐病の発生苗床から採取した苗は先端からも菌が検出される場合がある。また、苗消毒で薬液に浸らない部位に基腐病菌の胞子を付着させたところ、基腐病の発生が認められたため、できるだけ広い範囲を薬液に浸漬することで発病リスクが軽減できると考えられる。

・苗床の土壌還元消毒(p.47、p.49)

米ぬかを土壌に混和し、ぬかるむまで灌水した後、地表面をフィルムで被覆し、およそ30℃以上の高い地温で湿潤状態を3週間から1か月維持すると、基腐病の発生を抑制できる。

・圃場の排水対策(p.51)

基腐病は水を介してまん延するため、湛水した圃場での発病率が高く、降雨後に、「湛水させない」、「湛水時間を減少させる」、「圃場の一部の湛水に留める」ことで被害軽減につながる。表面排水対策と地下排水対策の両方を実施することで、圃場の湛水状況を大きく改善できる。

・体系防除(暫定版)(p.57)

基腐病は薬剤の茎葉への散布だけでは防除できないため、苗消毒、排水対策、残渣処理、輪作など他の基本対策の実施が前提条件である。
定植後は発病株を除去し、周辺株へ銅剤を散布する。苗消毒による感染防止効果が低下する定植後5週目頃にアミスター20フロアブルを予防散布する。畝間に水がたまるような豪雨後や台風通過後は蔓延しやすいため、その前に薬剤の全面散布を行うのが望ましい。降雨前に散布できなかった場合は、降雨後に速やかに散布する。また、耐性菌の出現リスクを減らすため、薬剤は連続使用をせず、作用機作の異なる薬剤を交互に散布する。

・天地返しによる収穫後残渣対策(p.65~p.66)

地表に近い位置に存在する罹病残渣は、地中の深い位置に存在する罹病残渣よりも基腐病の感染源としてのリスクが高い。耕土層と心土層を入れ替える天地返しを行うことにより、基腐病菌感染のリスクとなる残渣量を減らし、発病を軽減できると考えられる。

・本圃における適切な土壌消毒方法(p.67)

土壌が甚汚染状態にある圃場では、土壌消毒の効果は低いため、交換耕作や品目変更を第一に考える。土壌消毒を行う前に罹病残渣を圃場外に持ち出し、持ち出しできない残渣は、病原菌が薬剤に暴露されるよう、耕耘して十分に細断する。畝間の汚染土壌からも感染が生じるため、圃場全面を対象に実施する。

・土壌消毒と堆肥施用の組み合わせによる基腐病防除効果(p.69)

まだ研究中ではあるが、土壌消毒後に堆肥施用を行い、土壌微生物の活性化を促すことで基腐病防除効果が高まる可能性がある。

・甚発生圃場における収穫後の冬期湛水による基腐病防除効果(p.72)

農薬を使用せず圃場を湛水し還元状態にすることで、病原菌密度を低減させる研究も行っている。

最後に、「基腐病は種苗と土壌のどちらかが汚染されていると発生し、よく注意して観察していないと気付きにくく、いつの間にか病原菌を増やし拡散してしまう恐れがある。基腐病に特効薬はなく、単独の対策を実施しても防除は難しく、複数の対策を総合的に実施する必要がある。台風などにより隣接圃場にも拡散する恐れがあるため、基腐病対策は点ではなく面で、地域全体で取り組んでいただきたい」とのまとめがあった。

(2)サツマイモ基腐病に関するQ & A

農研機構 小林有紀氏、鹿児島県農業開発総合センター 西八束氏、宮崎県総合農業試験場 櫛間義幸氏の3名より、事前に募集していた質問に対する回答を行った。質問および回答を表形式にまとめて紹介する。

サツマイモ基腐病 Q&A(令和3年度第3回版)

(3)パネリストからの情報提供

九州、関東のサツマイモ産地の農協、農業生産法人等の担当者、種苗供給業者のほか、農水省の担当者からの情報提供があった。

●南九州の産地
  • 3月に入り育苗も終盤、植付もスタートしている状況にあり、対策マニュアルや栽培暦の配布を行った。これから植付が本格的になるため、健全苗の選別や苗消毒の徹底に取り組んでいる。スマート農業実証プロジェクトで基腐病のセンシングによる早期発見が採択されたので、実用化に向けた取り組みを進めていく。
  • 栽培面では抵抗性品種「べにまさり」の作付け面積の拡大、排水対策・リビングマルチの活用を行っている。契約生産者へは早掘り推奨、発病前に加工に回すなど対策している。今後、九州では「べにはるか」「高系14号」の栽培は厳しくなるのではないかと考えており、安全な産地でこれらの品種を栽培し、九州では抵抗性のある品種の栽培を行うことを考えている。
●関東の産地
  • 茨城県では幸いなことに基腐病の発病はなく、圃場への基腐病侵入防止を第一に取り組んでいる。3月には育苗期から植付期までの対策マニュアルを作成し、生産者を巡回しながら説明を行っている。ポスターなどで家庭菜園の方への注意喚起も行っている。
  • JAかとり管内だけではなく、千葉県の農業事務所、県内・県外のJAグループと情報交換・意見交換を行い、基腐病に関する知識を深めている。サツマイモを作付けしている生産者に対して、2月3月に講習会を実施計画していたが、コロナの影響により中止となったので、作成した資料を生産者に配布した。基腐病の脅威について、正組合員・准組合員にも広報誌を通じて広く周知している。ウイルスフリー苗の普及・定着にも取り組んでいくことを進めている。種イモによる育苗の状況把握、植付の把握のため栽培記録簿の様式を作成している。
●種苗メーカー
  • 緑肥や微生物資材の試験を行っていたが、いったん中止する予定。土壌の排水性が重要であると感じている。会社として、新品種の開発も行ってはいるが、ラボレベルで既存品種や系統の接種試験を行い、抵抗性がありそうなものを選別し、圃場レベルでの試験を進めている。結果がまとまり次第、また公表したいと考えている。
●行政(農林水産省)
  • 現時点では、農研機構のマニュアルにある通り、総合的な防除しか対策がないことを認識していただければと考えている。品種開発や基腐病対策にも予算をつけて進めたいと考えている。効果が認められるような研究結果には迅速に予算をつけるなどの措置を実施させていただいた。現場の方に使っていただけるようにサポートしていきたい。

(4)座長による総括

小巻会長から「基腐病をいたずらに恐れる必要はないが、実態が何かということがわからないままに行っていても、蔓延をとめることはできない。正しい情報を提供できるように引き続き活動していきたいと考えている。」との総括があった。

(5)日本いも類研究会(サツマイモ情報センター)の紹介

日本いも類研究会事務局長補佐の橋本より、主催団体の一つである日本いも類研究会の紹介と入会案内、令和4年度より新しく取り組むサツマイモ情報センターの設立とその活動内容について説明を行った。