(1)講演内容

当日、講師を勤めた農研機構九州沖縄農業研究センターサトウキビ・カンショ育種グループ長の小林晃氏は、「このマニュアルは、農研機構のイノベーション創出強化研究支援事業により、本病が多発している南九州と沖縄向けに作成されたもの。本日は全国各地から参加されており、地域によって状況は異なるので、どこに注意すればよいのかを確認して活用してほしい。対応策の3原則は、『持ち込まない』、『増やさない』、『残さない』の3点である」として、以下のポイントを説明した。

サツマイモ基腐病の発生生態と防除対策(令和2年度版)
https://www.naro.go.jp/publicity_report/publication/pamphlet/tech-pamph/138589.html

①基腐病の特徴
  • 病原菌は糸状菌の一種で、ヒルガオ科の植物(作物ではサツマイモくらい)に寄生し、茎や芋の発病部位に柄子殻を形成。その中に多数の胞子を形成するのが特徴。
  • 苗床、本圃のほか、貯蔵中にも発生し、主に罹病した種芋や苗を植え付けることで圃場に侵入。圃場中に残渣が残っていると伝染源となる。また、降雨による停滞水や跳ね上がりで胞子が移動して周辺に感染し、蔓延の原因となる。
  • 発病すると株元が黒色に変色するが、葉が繁茂していると判りづらく、秋になると葉が枯れ始めて一気に基腐病が広がったように見えることが多い。
  • 発生初年目には被害が少なくても、放置すれば2~3年後にほ場全体に広がるので、早期発見と早期対策が何よりも大切。(初発後3年目で、収穫皆無となった例あり)
  • 地際が黒変した株では、藷梗から塊茎へと感染が進展し、なり首側から内部が褐色~暗褐色になる。
  • 感染した苗を植えた場合は、植付後1か月から2月で発病するが、土壌伝染では緩やかに感染が拡大する。(汚染程度の低い圃場では発見が困難)
②対策(3原則)

【持ち込まない】

  • 未発生地域では、「持ち込まない」ことが最も大切。
  • 健全種苗の確保や苗床及び苗・種芋の消毒による健全種苗生産が必須。
  • 苗を購入する際には、苗生産の過程で、マニュアルに示した取り組みが行われているかを確認することが必要。(ウイルスフリー苗も含めて苗消毒を行う)
  • 発生圃場からは絶対に種芋を採取しない。種芋は水で洗って病徴がないことを確認。
  • 採苗する際には地際から5㎝以上のところで切り、ベンレート水和剤等を用いて、採苗当日に必ず苗の消毒を行う。なお、ハサミはこまめに消毒する。
  • 苗床の残渣は持ち出し、速やかに耕耘、定期的に耕耘して残渣の分解を促進する。
  • 土壌消毒は、地温15℃以上の時に殺菌効果のある薬剤を使用して行い、処理後、直ちに被覆を行う。

【増やさない】

  • 圃場に発病株を放置すると、枯死した植物体上に多数の柄子殻が形成され、これが水に漬かるとあっと言う間に胞子が出てきて蔓延する。
  • 発病株の除去と銅剤散布で発病が抑制されることが確認されており、苗を植えつけた後は圃場を巡回して、罹病株が見つかれば抜き取り、丁寧に銅剤の薬剤散布を行う。(繁茂期になると発見が難しいので初期の対応が大切)
  • 生育後期になり、雨や台風で畦間に水が溜まり、2次伝染の生じやすい時にはアミスター20フロアブルを施用する。(耐性菌対策のため3回まで)
  • ただし、農薬だけで防ぐことはできないので、総合防除が不可欠。
  • 基腐病は地際の感染部位から地下部の藷梗、塊根へと侵入し、地上部の被害の程度から塊根の被害を推測できるので、早堀りして被害を軽減することもできる。
  • ただし、貯蔵中に発病することもあるので、発生圃場から採取した芋を種芋として使用してはいけない。

【残さない】

  • 基腐病は罹病した甘しょ残渣で越冬し、1次伝染源となるので、特に罹病塊根は、ほ場外に持ち出して適切に処分をすることが必要。
  • 罹病残渣を持ち出せない場合、残渣が分解すれば発生を軽減できるが、20℃以上の地温と水分が必要。(鹿児島でも12月~3月は残渣が分解しない)
  • 収穫後はなるべく早いうち(10日以内、11月初旬まで)に残渣の漉き込みを行うと分解が進み、翌年の発生が抑制される。
  • 連作により圃場の汚染度が高まるので、甘しょ以外の作物の栽培や休耕を検討すべき。
  • 土壌消毒は地温が15℃以上の時に、殺菌効果のある薬剤を適切に使用して行う。
  • ただし、土壌消毒してもゼロにはならないことに留意すべき。残渣処理をきちんと行うなど、他の対策も併せて実施することが不可欠。
③排水対策
  • 基腐病は排水不良ほ場での発生が多く、発病初期は特に病状が見られなくとも、雨が多かったり、台風が通った後には一気に広がることがある。
  • 発生ほ場では、排水路が詰まっていることが多く、排水を良くするため、詰まった土を取り除くほか、明渠や暗渠施設の設置も効果がある。
  • 営農レベルでの本ほ場での額縁明渠による表面排水やサブソイラによる地下水排水など、排水対策を徹底すると共に、感染がなかった圃場から作業を行う等の対応も必要。
④品種による基腐病への抵抗性の違い
  • タマアカネは強、「こないしん」はやや強であるが、青果用の高系14号、べにはるか、ベニアズマはやや弱、であり、しっかりした対策が必要。
  • 「こないしん」でも前年発生したほ場からの種芋で苗を作ると基腐病が発生している。
⑤その他
  • PCR法による基腐病の検出技術が開発・公表されているので、活用いただきたい。
  • 台風により隣接圃場でも被害が発生したケースもあり、地域全体での取り組みが必要。

(2)パネルディスカッション

九州、関東のサツマイモ産地の農協、農業生産法人等の担当者、種苗供給業者のほか、農水省の担当者も含めて11名によるパネルディスカッションを行った。

日本かんしょ輸出促進協議会の佐藤代表からは、「地元の長崎県五島市で有機の甘しょを栽培しており、昨年から裏作に有機の大麦と小麦を導入しているほか、額縁明渠や傾斜を利用した排水対策を講じている。基腐病のために輸出仕向量に大きな影響が出ており、関係者と連携して対策を政策提言していきたい。」との説明があった。
パネリストからの話題提供のポイントは概ね、以下のとおり。

●南九州の産地
  • 鹿児島では、今年の甘しょの初期生育は順調だったが、梅雨入りが早く、被害軽減のための早植えと重なったことに加えて8月の長雨もあって被害が拡がっている模様。
  • 県内では基腐病の被害がひどく、発生してなかった畑も年々、出るようになってきており、緑肥や有機質の肥料を入れるなど工夫はしているが絶対的な対策はなく、最近出たアミスターも実感としてはあまり効かないように感じる。
  • ここ2年間、基腐病が原因で貯蔵中の芋を3割近く廃棄せざるを得なかった。様々な対策を講じているが、一度発生した圃場の被害をゼロにするのは無理。ただし、対策を講じたところは、散発はするが拡大は抑えられている。
  • 土壌消毒の方法を工夫し、菌資材や微量要素も施用するなど様々な方法をテストしており、出来秋には結果が判明する見込み。
  • ドローンを使った発生の早期確認や薬剤の効率的な散布、傾斜測定による排水対策などに取り組んでいるところ。初期発生の段階をいかに早く見付けて対処するかが大切。
  • 宮崎では極早植え(12月末から1月に定植し、8月までに収穫)に取り組んでおり、そこでは、基腐病はほとんど発生していない。逆に遅植えも効果がある模様。今後は高畦栽培や疎植栽培にも取り組む予定。
  • 数百件の契約農家の全圃場を巡回して農家1人1人と対応を相談している。
  • 今後、問題となるのが種芋の確保。昨年までは自県産を使わず、茨城や熊本から入手していたが、次年産は対応が難しい。今後は蒸熱処理も試行したいが、活用できるかは次の年になるかと考えている。
●関東の産地
  • 茨城では6月末に群馬から移入した家庭菜園のベニアズマの苗で発病が確認され、8800本の苗を普及センターと連携して抜き取った。これから収穫期に入るが年間を通じて販売しており、鹿児島では3割も廃棄した事例があるとのことで、心配している。
  • ポスターを作成して、管内の生産者に基腐病について周知するとともに、販売店、コンビニにも貼らせてもらうなど、地域を挙げて『緊急事態』を発令していることころ。
  • 千葉では感染した可能性のあるベニアズマ苗が、77,450本入っているとの情報があり、県で調査したところ、東葛飾地域及び印旛地域で発生が確認された。(観光農園や家庭菜園等)
  • 地元の農業事務所と協議して、感染苗が入った場合の対応(フロー図や抜き取りのルール)を整備するとともにシューズカバーなども用意した。
  • 生産農家には、収穫前に必ず自分の圃場を一回りしてチェックするよう要請している。
●種苗メーカー
  • メリクロンによるサツマイモ苗を生産しているが、この病害が問題となった2年前から現地に足を運び、作付転換や早堀など厳しい現状を見て危機感を抱いてきた。
  • 種苗会社として健全種苗の生産に努めるのは当然であり、従前はウイルスフリーで病気は出ないという感覚であったが、今後は基腐病のことも考慮して取り組みたい。また、微力ながら耐病性品種の育成にも取り組んでいきたい。
  • 生産現場では、長年の連作、クロルピクリンの消毒、化学肥料の施用などで、土が非常に硬くなって水はけも悪くなっており、改良が必要であるが、収益面で厳しい状況の中で高価な菌資材等を使うこともできず、悪循環に陥っているように感じる。
  • この2年、現地で緑肥や微生物資材、たい肥の施用など、様々なパターンで試行させてもらっているが、1~2年で劇的に改善できる方策は見つかっていない。
  • 効果的な残渣処分について、有用な分解資材(菌資材)を模索しているが、各方面での取り組み結果について是非、情報共有して欲しい
  • 種苗供給の面ではバイオ苗を使って欲しいが、経費的に全面的な切り替えは難しいと思われる。使いやすい価格、規格や柔軟な納期などできる限りの対応をしていきたい。

(3)質疑応答

当日は時間に制約のある中で、ウェビナーのQ&Aの機能を使って、チャットで寄せられた質問に対して、座長の指名を受けた講師やパネリストから以下のとおり回答した。

●抵抗性品種の育成状況
  • 抵抗性品種の育成に必要な強い母本を探しはじめたのが3年前。抵抗性を有する母本をCIP(国際ポテトセンター)から導入するなどして、ある程度強そうなものが見つかってきている。ただし、全く感染しないというレベルではないと思われるので極強の品種は難しいかもしれない。
  • 現存品種について、強いものを汚染圃場の中から探索するほか、交配による強度抵抗性品種の育成にも取り組んでおり、近いうちに有望系統が出てくるのを期待している。
●地域による発生のしやすさ、違いなど
  • 九州では多くが澱粉用や焼酎用で、コストの問題からあまり手が掛けられない状況にある。一方、関東などは主に青果用なのでウイルスフリー苗を使っても経営できる。
  • このため、九州では発見が遅れ、健全な種芋もなくて一気に拡がってしまったのではないか。他地域の場合、すでに基腐病の危険性が判って、まずは苗の持ち込みに注意すべきことも理解されている
  • なお、九州では台風被害が多く、強風や雨水で蔓延すると考えられる。
●アミスター(3回まで使用可)による耐性菌の発生
  • 今のところ、耐性菌が出たとの報告はない。
●土壌消毒の詳細な方法
  • 土壌還元消毒に関してはあまり知見がないが、今年、苗床で実証試験を行っている。
  • メリットは環境保全型、いわゆる薬剤を使わないこと。本当に使えるのかをイノベ事業の中で取り組んでいるところ。
  • 土壌消毒の時期であるが、暖かい時期でないといけないのは農薬メーカーのHPでも紹介されているところ。15℃以下では気化が進まないので効果が出ない。

このほか、多数の質問があり、後日、事務局で回答を整理することとした。

(4)意見交換

上記を受けて時間的に制約があるなか、パネリストと参加者の間で意見交換が行われた。その概略は以下のとおり。

●地域全体での取り組みについて
  • 基腐病対策は意識の高い農家だけが取り組んでも意味がない。
  • 地域全体で取り組むのは、是非とも必要であるが、ただでさえ基腐病対応で疲れている農家も多い中、他作物への転換やそれに伴う資本投資は難しいのが実情。
●貯蔵中のリスク回避について
  • キュアリング貯蔵の際に、汚染芋がコンテナに混じっていても、これまでの体験では、貯蔵中に他のコンテナに移るようなことはなかった。
  • ただし、マニュアルにあるように、横にある芋に感染はすると思われる。
●汚染した芋は食べるとどうなるのか
  • お客さんが食べると、非常にマズイと感じると思う。基本的に病気で死んだ芋は食べられない。
  • 感染した株についた芋(外見は奇麗)は食べたことがあるが、美味しかった。
●政策面での支援について
  • 農水省では南九州など、営農自体が基腐病で成り立たなくなり、なおかつサツマイモしか作れない地域を対象に、被害を抑えながら栽培を継続できるような支援措置を講じてきたところ。
  • 残念ながら、財政当局の論理では苗や種芋の調達は通常の営農行為で補助対象とならない。施策としては、収入保険があるので、まずはそれに加入していただきたい。

(5)座長による総括

小巻座長から、「これまでサツマイモの世界では黒斑病、蔓割病、立枯病と様々な病害が問題となったが、それぞれ、温湯消毒やベンレート処理など、人の知恵で乗り切ってきた。基腐病についても当面は3原則を守り、新品種の育成に期待しつつ、防除技術の開発も進めていくことが必要。日本いも類研究会としても、情報交換を進めながら困難な課題を克服していきたい。」との総括があり、情報交換を終了した。